インタビュー
INTERVIEW

田中 佑昌YUSUKE TANAKA
ミッドフィルダー
クラブ創設30周年を記念したインタビュー企画の第二弾。
今回はアカデミーからトップチームに加入し、04年から8年間アビスパ福岡でプレーした“スピードスター”田中佑昌氏が登場する。
プロ18年間の功績が称えられ、22年にはJリーグの功労選手賞を受賞。
現在はヴァンフォーレ甲府のアカデミーコーチとして活躍する田中氏に、アビスパ在籍時代のエピソードや、外から見た現在のアビスパ福岡について語ってもらった。
アカデミー出身のスピードスター
2度の昇格と降格を経験した8年間
―在籍した8年間でリーグ通算263試合に出場して、アカデミー出身選手としては最多となる38得点を挙げました。佑昌さんにとって、アビスパ福岡はどのような存在ですか?
サッカー選手としての原点ですね。アビスパ福岡のユースで育って、プロとして8年間在籍したクラブなので。今回はクラブ創設30周年とのことですが、その歴史に少しでも関われたことを光栄に思います。

―ユース時代は地元の八女から通っていたそうですね。
2時間以上かけて通っていましたね。移動距離は長かったですが、プロになることが夢だったので、夢のために頑張れました。当時はトップチームと同じ練習場を使っていましたし、高校3年のときには練習参加の機会もあったので、トップチームを身近に感じることができたのは貴重な経験でした。
―トップチームに加入した当初のことを教えてください。
当時はJサテライトリーグがあって、トップの選手とは練習時間が違うこともあったので、なかなか試合に絡むのは難しいと思っていました。それでも割と早いタイミングでトップに呼ばれて、何とか結果を出そうと必死でした。ユース時代と変わらずに、自分の特長であるスピードを磨きながら練習を積んだ1年目でしたね。
―在籍8年間で05年、10年と2度のJ1昇格、そして2度のJ2降格も経験しました。どの試合が印象に残っていますか?
悔しい試合として思い出すのは、06年神戸との入れ替え戦ですね。(2試合引き分け、アウェイゴール数で降格が決定)もう少し走れたんじゃないか、もっとこうすれば良かったんじゃないかと思うことがあります。

印象に残っているのは、10年のホーム千葉戦(9/12、第25節)ですね。城後(寿)の雷シュートで勝ち越したゲームです。その年はケガが多くてあまり試合に絡めず、個人としては歯がゆい思いで過ごしていました。あの試合は自分が先制点を獲って、個人としても良かった試合として思い出します。そのシーズンはシノさん(篠田善之監督)の下でチームに一体感があって、試合に出る、出ない関係なくみんなが昇格という目標を持って励まし合ったり、厳しい言葉をかけ合ったりして取り組めていました。それが昇格に繋がったと思います。


―アビスパでは5人の監督の下でプレーをしましたが、印象に残っているエピソードはありますか?
それぞれの監督さんから学ぶことは多かったですね。1年目は松田浩さんが監督をされていましたが、守備のやり方が徹底していて、それが落とし込まれたチーム戦術がありました。今のアビスパも守備の堅さが特長だと思いますが、それは昔から変わらないアビスパらしさだな、と思います。
福岡県全体から愛されるクラブに
―現在はヴァンフォーレ甲府で指導者の道を歩まれています。指導者としてどのようなことを大切にされていますか?
子どもたちに一番伝えたいのは、失敗を恐れずに常に挑戦し続ける、ということですね。僕も18年間プロとしてやってきましたが、技術やフィジカルの強さはもちろん必要ですが、一番大事なのはメンタルではないかと思っています。常に前向きにトライし続けるというのが大事なんだと思います。
僕自身はアビスパで昇格や降格、入れ替え戦という経験をさせてもらいましたが、それは誰しもが経験できることじゃない。そういった経験があったからこそ、長くプロ生活を送れたのだと思いますし、指導者としても子どもたちにいろいろなことを伝えられるのかな、と思っています。
―アビスパ福岡というクラブ、チームを外からどのように見ていますか?
チームとして強くなったという印象です。僕がいたころはJ1に定着できなかったですが、J1に5年居続けるというのは本当にすごいことだと思います。チームが結果を残せているのは、クラブ全体が良くなっているからだと思います。ルヴァンカップを制したことも、単純に『すごい』という感情でしたね。僕がいたころは、そういうところまで行けるとは思っていなかったですから。
―佑昌さんの1年後輩である城後選手は、今もアビスパでプレーしています。
ほんとにすごいですよね。福岡一筋で21年目ですか? 城後がここまでアビスパを引っ張ってくれて、成長させてくれたことを嬉しく思います。


―クラブ40周年のときは、アビスパに帰ってきているかも?
それはオファー次第ですね(笑)。ただ僕にとっては地元のクラブで、一番成長させてもらったクラブなので。先のことは分からないですが、Jリーグの監督を目指して資格や経験を積んでいるので、いつかアビスパのトップチームで監督が出来たら嬉しいですね。
―最後に、これからのアビスパ福岡に期待することを教えてください。
僕が在籍していたころよりも、今は認知度が高まって、メディアの露出も増えていると思いますが、福岡県全体から愛されるクラブ、みなさんに応援してもらえるクラブになってほしいと思います。県民のみなさんにとって身近なクラブで、そこから冨安(健洋)くんのような日本代表選手がどんどん出てくることを期待しています。
取材・構成/新甫條利子
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